「叶和もはやくいい人と出会って結婚したらいいのに。」
ある日、電話口の祖母はそう言って笑った。
僕は心の内を気付かれないように小さく笑って返す。
「私は結婚願望とかないからなー」
大学を卒業して2年が経ったころから、何度も繰り返してきたこのやり取り。
僕は以前にも「結婚なんてしない、一生独り身で生きていく」と話したことがある。
そのときの祖母の悲しそうな顔が思い浮かんで、申し訳なくなる。
結婚が幸せのすべてだなんて僕には理解ができない。
一生独身のなにが可哀想なのか分からない。
でも、祖母は僕に結婚して幸せになってほしいと願っているんだと思う。
だって僕が結婚することはあり得ないって話した時に、
「なんでそんな寂しいことを言うの。」と悲しませてしまったから。
幼少期から一番僕をかわいがってくれたのが祖母だ。
だから、できることなら祖母の願いは叶えてあげたい。
でも、祖母のこの願いに応えることだけはできない。
結婚なんて僕には無縁すぎるし、どんなに頑張って結婚できたとしてもそれで僕が幸せになれるとは到底思えない。
「好き」が分からない僕には、幸せな結婚が理解不能な領域にある。
僕はだれかと一緒に暮らすことなんてできないし、僕のプライベートスペースに人が入ってくることにすら抵抗しかない。
何度も思ったよ。
「こんな孫でごめんね。おばあちゃんに花嫁姿を見せてあげることもひ孫を抱かせてあげることもできなくて。」
でも、いつか結婚しなくても僕は幸せなんだって、結婚がすべてじゃないよって堂々と言いたいし、分かってほしい。
また別のあるとき、母は言った。
「叶和も彼氏がいたことくらいはあるでしょ?」
僕の地元の同級生が結婚したとか、妊娠しているらしいとか、そんな話だったと思う。
僕はこのときも笑って誤魔化すしかできなかった。
本音は「彼氏?そんなのいたことあるわけないじゃん。」だけど、言えるわけがない。
母にもきっと「好き」が分からないことを理解してもらえないから。
母は僕に結婚願望がないことを自分たち親のせいだと思っている。
僕から見た両親はあまり対等なイメージがない。
父の機嫌をうかがっておどおどしたり悪くなくても謝っている母。
基本的に外面はいいけど些細なことでもイライラを隠せない父。
母は怒られることがほとんどなかったらしく、父のイライラした言い方に怖がっていた。
僕ら兄妹が反抗期のときに、僕らと口論になった母がプチ家出(当日中に帰ってくる)したことも。
父はこだわりが強くて、わりと気が短い人。夕食のメニューだけでイライラしていたこともある。
今の僕からすると、どちらも大人の見た目をした子供みたいだった。
僕が一番覚えているのは、家族旅行中に駐車場が見つからず怒り出す父とそんな父に謝りながらスマホで必死に探す母。よくわからなかったのか母は焦って僕らにも探してと語気強めに言う。なんとか車を停めて降りて少ししたら自分の興味を惹かれるものを見つけてご機嫌になる父。僕らに文句を言う母。
だから母は僕に結婚願望がないのは、両親のせいで結婚にあまり良いイメージがないからだと思っている。
たしかに幼少期の僕にとって結婚はめんどくさい制約ができるみたいな、自由が奪われるようなイメージがあったかもしれない。
でも、今はそんなに悪いイメージを持てるわけではないし、幼少期にも両親のような関係がすべてではないことを理解していたように思う。
それに、なんだかんだあったけどやっぱり両親に感謝もしているから。
僕は僕の結婚願望と両親は関係ないと分かっている。
だって僕の「好き」が分からないことと両親は無関係だから。
だからなんとかして母に僕の結婚願望がないことは両親のせいじゃないと分かってほしい。
でも難しいだろうな。母と祖母のこのあたりの思考は似てるから。反応が大体似てるんだよな。
だから、ごめんね。僕は結婚しない。結婚という形での親孝行はできない。
でも、僕は僕にとっての幸せを選ぶからいつか分かってくれると嬉しいな。
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